弊社はしばしばTwilioを使った製品を開発しているのですが、もう8年くらいになるTwilioとの付き合いのなかで、そのアグレッシブな社会貢献への姿勢にはたびたび感心させられています。毎年サンフランシスコで開催される年次イベントSignalに参加する様になった2017年のことは今でもはっきりと覚えています。当時、トランプ政権下でICE(アメリカ合衆国移民・関税執行局)が排外主義色の濃い動きを活発化させ、基礎疾患のある移民が生命の危機に晒されていたり、小さい子供が親兄弟と引き離されるケースなどが大きな関心を呼んでいました。そんな中でこのイベントで大々的に取り上げられていたのが、ロースクールを出て法律関係のテック系ベンチャーやNYCで移民関連の仕事に携わっていたAlicia Nievesさんや元BuzzFeedのエンジニアだったFred Diegoさんらが立ち上げたプロジェクト「Streetwide」でした。これはTwilioの電話やSMSを使ってICEの取締りが実施される情報を各地のメンバーが共有し、現場に弁護士を派遣して不当な取り扱いに介入するという活動で、いうなれば反政府活動でもあるのですが、それがNYU関連の財団から助成金を得て、さらにはTwilioという上場企業が通信費用を負担する形で運営され(これはフレッドさんに聞いた)、年次イベントで登壇するのですから、基本的に政府に従順なことで知られる日本の文化では考えられないことだと驚かされました。もちろん米国内でも大きな反発にさらされたようで、しばらくの間ウェブサイトもコンテンツが見られなくなったりしていましたが、政権交代を機にまた広報も再開された様なので喜ばしい限りです。

こんなことをいうと優秀な移民だけがいい移民みたいな議論に聞こえてしまうのが嫌なのですが、いまドイツでCOVID-19のワクチンを開発しているのは、トルコからの移民夫婦が立ち上げた会社なんですよね。技能実習生制度のように移民を賃金奴隷のように扱う国のままではろくなことにはなりません。なんて話をすると、リベラルは本来移民と仕事の取り合いになる労働者の肩を持つべきで、移民に反対しないのはおかしいとか、はたまたワクチンの接種の強制には自由を重んじるならリベラルは反対すべきだとか、最近またリベラルに面倒くさい議論を押し付ける風潮がありますが、どっちも唖然とするほど単純な藁人形的な話だと思います。

そうそう。それから、これは翌年のイベントで発表されたのですが、現在Twilio社では(米国本社では)男女の給与格差の解消がほぼ達成されたとあり(男女比99%、白人とそれ以外は100%)、またグローバルでも2023年までに男女比を50%ずつとすること、またUSの従業員の30%を人種及び性的マイノリティ、障害者、退役軍人とすることが掲げられています。現在、女性従業員の割合は33%、マイノリティが21%でそのうちLGBTQ+が7%となっていますが、その数字もウェブサイトで公表されています。また、経営陣についても男女比が67% - 33%であることもわかります。

正直な話、私は主に東京の企業文化のことしかあまり知らないのですが、女性が働きやすい会社と名乗りながら経営陣がほぼ男性という会社は珍しくないですよね。中にはキラキラ女子なるものを謳っておきながら取締役が全員男性という会社もあったりします。こういう土壌って、ぶっちゃけ最低だなとは思いますが、実はお金もあまりなく人材の確保が難しいベンチャーにはとても有利で、というのも大企業だって女性社員を毎年採用しているわけですから、そこでは様々な研修や留学などの制度があったりして、多大なコストをかけて人材育成しているわけじゃないですか。つまり、優秀なのにキャリアが途絶してしまっている女性にフェアな条件を提示して活躍してもらえる制度を整えたりするだけで、そんな大企業による育成と研修が済んだ実務経験もある得難い人材を引き抜くチャンスがあるってことなんですよね。

男性ばかりの組織というのは、なんというか個人的には「男の子クラブ」と呼んでいるのですが、英語だとテック界隈では「Tech Bros」なんていいますね。まあ、いずれにせよそんな独特の淀んだ文化を形成してしまいがちです。昔ならタバコ部屋の世界、今ならなんだろう、飲み会でウェーイと騒いでなんとなくの合意を形成して、それでいて陰湿な陰口や会議のための会議、上司にうまく報告するためだけの調整に次ぐ調整が仕事の中心となり、タチが悪いケースではたまにみんなで風俗店に繰り出して部族的な仲間意識を共有し合ったりするような、そんな集団です。あるいは、配送されてきたディスプレイの段ボールを片付けるのは女子社員の仕事と思い込んでいつまでも放置していたり、重要な会議に女性社員を呼ばなかったことに気づきもしない連中のことです。物事が順調なときや仕事がそもそもあまり頭を使わなくていいような性質のものであれば別にそれでも仕事は回るのかもしれませんが(具体的には何も思いつきませんけど)、経験上このような集団が何かいい仕事をしているのを見たことがないので、せっかくベンチャー企業を始めるなら、もう少しましな企業文化というか風土を形成するのも悪いことではないと思います。

それに、制限があるところに頭を使うのが人間ってものなので、例えば女性がライフステージにおいて出産だの生理だので体調面で何かしらハンデがあるというなら、そんなの21世紀なんだから頭を使ってキャリアの継続を支援すればいいだけのことじゃないですか。特にソフトウェア開発者という立場から見れば、そんなことも実現できないくせにひとさまにサービスを売るなんて烏滸がましいことを考えてはいけないよとさえ思えます。まあ、それ以前に社会には女性にとって解決されなければいけない問題がいっぱいあるという単純な事実さえ理解できない人もいますけどね。それに、経験上、女性を扱いにくいとする上司の大半は女性が男の子クラブに入ってくれなかったり、それどころか飲み屋のようによいしょしないで意見してくることへの抵抗を感じているだけに見えることがあります(それで酒の席で「あいつはわかってない!」と叫んだりするわけです。そう、本人がいないところで)。もちろんあらゆる女性が優秀というわけではありませんが、そこに性別による差はないのだとすれば、そして同時に社会全体が女性に有利な制度を発明して活用していないのであれば、そこには大きな人材の宝庫が眠っているという単純な事実に突き当たります。もちろん、これは大都市部における現象であるというのには注意が必要かもしれません。日本全体においてはまた別の地域的な事情もあるでしょう。しかし東京においては企業は非常に勿体ない事をやり続けていることは確かです。

そしておそらく今のところ政府にもその点について本気で対処するつもりはないと思います。野心的な起業家にとってはチャンスは残り続けているわけです。つまりこれって一種の反政府活動ですよね。せっかくだからたまには反政府的なこともやってみると人生は楽しいと思いますよ。SNSで政治的な正しさに文句を垂れる連中って、どういうわけかこの手の反政府活動にはあまり熱心じゃないんですよね。どうしてでしょう。