<?xml version="1.0" encoding="utf-8"?><feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom" xml:lang="ja"><generator uri="https://jekyllrb.com/" version="4.2.0">Jekyll</generator><link href="https://blog.godo.llc/feed.xml" rel="self" type="application/atom+xml" /><link href="https://blog.godo.llc/" rel="alternate" type="text/html" hreflang="ja" /><updated>2022-09-03T12:06:25+09:00</updated><id>https://blog.godo.llc/feed.xml</id><title type="html">合同会社合同屋社外報</title><subtitle>合同会社合同屋が社外に出していいことだけを書きます。</subtitle><author><name>Godo GK</name></author><entry><title type="html">4年目</title><link href="https://blog.godo.llc/2022/09/03/4th-anniversary.html" rel="alternate" type="text/html" title="4年目" /><published>2022-09-03T00:00:00+09:00</published><updated>2022-09-03T00:00:00+09:00</updated><id>https://blog.godo.llc/2022/09/03/4th-anniversary</id><content type="html" xml:base="https://blog.godo.llc/2022/09/03/4th-anniversary.html">&lt;p&gt;設立4年目を迎えた弊社の3年目は、前年とそう大きくは変わっていませんでした。初年度から2年目にロケットスタートで大きく売り上げを伸ばしてからはずっとそのままという感じです。食うに困らず好きな仕事で生きているのだから、これ以上の贅沢はありません。安定を求めてサラリーマン稼業をやってみて、その何もかもが心の底から嫌になったのはもうずっと前のことですが、それ以来何年も続けてきたリモートワークやフレキシブルな時間の使い方といったものがようやく世間に認められつつあるのは嬉しい限りです。これからもまた揺り戻しや再評価が続くのでしょうが、出来れば労働集約型の働き方だけしか認められない世界には戻らないでほしいと願いします。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;世間の理解といえば、ホワイトカラーの職場ではもうリモートでのビデオ会議は一種当たり前の仕事風景になりつつあります。その流れに乗るべく昨年度は各社のご協力を得て従来の&lt;a href=&quot;https://cloud-reception.com/&quot;&gt;リモート接客システム&lt;/a&gt;に続いて&lt;a href=&quot;https://cloud-reception.com/antigen_test/abic-g/&quot;&gt;リモートでの安全な抗原検査を実現するサービス&lt;/a&gt;を始めいくつかの実験的なビデオ通話関連のサービスを提供することができました。なんとなく好きで始めたWebRTCがいつの間にかこうして仕事になったのは幸運です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;また、こちらも従来から提供していたCOVID-19のパンデミックに際して経済的に困窮された方への&lt;a href=&quot;https://umbrellafund.tokyo/tsunagarudenwa&quot;&gt;携帯電話の貸し出しサービス&lt;/a&gt;に続き、つくろい東京ファンドの「今現在住まいを失い、今夜安心して泊まる場所がなく、また翌日公的な相談機関や民間の支援団体へつながることを約束できる」方への支援パッケージ提供サービス「&lt;a href=&quot;https://sekaibivouac.jp/&quot;&gt;せかいビバーク&lt;/a&gt;」に受付管理システムを提供することができました。それから緊急時に支援団体や各種専門家と無料で通話することができる「&lt;a href=&quot;https://sekaibivouac.jp/tsunadenweb/&quot;&gt;つながる電話Web&lt;/a&gt;」もご利用いただいております。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こんなふうに弊社では「それがある方が少し世の中が良くなる」製品の開発を進めていきます。幸いにも今年度からまたさらに営利事業・非営利事業どちらもいくつかのアイデアを頂いており、実現に向けてもうあれこれと動いているところです。長引く不況や低迷する経済、いまだに製造業を中心とする産業構造の中でソフトウェア産業にもまた厳しい状況が続いていますが、なんとか一社分だけ潜り込める程度のニッチを探して急がず焦らずなるべく誰の印象にも残らず生きていけたら十分でございます。本年度も引き続きのご愛顧を宜しくお願い申し上げます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;会長近影
&lt;img src=&quot;/assets/images/boss_cat.jpg&quot; alt=&quot;会長近影&quot; /&gt;&lt;/p&gt;</content><author><name>Godo GK</name></author><summary type="html">設立4年目を迎えた弊社の3年目は、前年とそう大きくは変わっていませんでした。初年度から2年目にロケットスタートで大きく売り上げを伸ばしてからはずっとそのままという感じです。食うに困らず好きな仕事で生きているのだから、これ以上の贅沢はありません。安定を求めてサラリーマン稼業をやってみて、その何もかもが心の底から嫌になったのはもうずっと前のことですが、それ以来何年も続けてきたリモートワークやフレキシブルな時間の使い方といったものがようやく世間に認められつつあるのは嬉しい限りです。これからもまた揺り戻しや再評価が続くのでしょうが、出来れば労働集約型の働き方だけしか認められない世界には戻らないでほしいと願いします。</summary><media:thumbnail xmlns:media="http://search.yahoo.com/mrss/" url="https://blog.godo.llc/assets/images/happy_dog.jpg" /><media:content medium="image" url="https://blog.godo.llc/assets/images/happy_dog.jpg" xmlns:media="http://search.yahoo.com/mrss/" /></entry><entry><title type="html">出張オフィスとその環境</title><link href="https://blog.godo.llc/2022/06/22/however-far-you-may-travel.html" rel="alternate" type="text/html" title="出張オフィスとその環境" /><published>2022-06-22T02:08:05+09:00</published><updated>2022-06-22T02:08:05+09:00</updated><id>https://blog.godo.llc/2022/06/22/however-far-you-may-travel</id><content type="html" xml:base="https://blog.godo.llc/2022/06/22/however-far-you-may-travel.html">&lt;p&gt;オフィスというものを持たない弊社では、コロナ禍における仕事環境改善の一環として、出張オフィスとなる車両を利用しています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://www.gordonmillerpro.com/wpapp/wp-content/uploads/2019/08/V_01n_top3.jpg&quot; alt=&quot;車&quot; /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;車内はそんなに広くはないのですが、アカシアの木の落ち着いた内装と備え付けのテーブルがあるところが気に入っています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://www.gordonmillerpro.com/wpapp/wp-content/uploads/2019/08/V_%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%96%E3%83%AB-686x480.jpg&quot; alt=&quot;内装&quot; /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;流石にそんなに本格的な山奥まで行くことはないので、キッチンやトイレが備わった車両である必要もなく、まあこれくらいがちょうどよかったという感じです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;というのも、これはあくまで仕事で利用するものですから、当然ながら通信が出来る場所での利用に限られるからです。車付近の通信環境の整備のため各社のモバイルルータを検討しましたが、5G対応で入手できそうなのが他に見当たらなかったので、現在はこちらのWi-Fi STATION SH-52Bを車内に備え付けてあります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://d2tfhz5takygeh.cloudfront.net/contents/img/products/SH52B/SH52B_Black_XL.jpg&quot; alt=&quot;5Gルータ&quot; /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;docomoの通信制限のないプランで契約した携帯があったので、そちらとペアにすることで通信量を按分しあう（要するに無制限になる）ようにしています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とはいえ、ホイホイとあちこち出掛けてグローバルなIPアドレスの足跡をあちこちに残すのは保安上あまりよろしくありません。そこで、持ち運びにも適したVPNルータとして&lt;a href=&quot;https://www.invizbox.com/products/invizbox-go/&quot;&gt;InvizBox Go&lt;/a&gt;を用意して、こちらを実質的なwifi環境として利用しています。なかなか便利な製品で、VPNのプランもセットになっているため何も考えずに使い始めることができます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://www.zdnet.com/a/img/resize/39e0d48e7b54f798e65d32b00d78eca2e2853355/2018/07/31/ad0e6e15-545b-4f52-ab3c-51f46e698a5d/invizbox-goheader.jpg?auto=webp&amp;amp;width=768&quot; alt=&quot;InvizBox Go&quot; /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それから、もちろんこの移動オフィスはあくまで気分転換しながら効率よく仕事するための施設なので、アウトドア三昧で遊び呆けているわけではなく、厳しい日常を乗り切るべく喘ぎながらヨタヨタと滅びゆく肉体を酷使して働いているのではありますが、やはり昨今の高価でか弱いマシンを屋外で使用するのはどうかと思われることもございます。そこで、仕事用のマシンを刷新し、ほぼ半額セールで &lt;a href=&quot;https://www.dell.com/ja-jp/work/shop/%E3%83%87%E3%83%AB%E3%81%AE%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%91%E3%82%BD%E3%82%B3%E3%83%B3/dell-latitude-5430-rugged-build-your-own/spd/latitude-14-5430-laptop/al5430r_vi&quot;&gt;Dell Latitude 5430 Rugged&lt;/a&gt; を購入しました。各ポート類がきちんとカバーで保護されているため、キャンプ場でも安心して使うことができます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://japancatalog.dell.com/pd/laptop-latitude-14-5430-gallery-1.jpg&quot; alt=&quot;Dell Latitude 5430 Rugged&quot; /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;メモリやSSDは後から交換できるから最小構成でいいやとたかを括っていたら、メモリの交換は結局マザーボードの裏側にまでアクセスする必要があり大変面倒でした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これにTails OSを入れてみるのはどうかと少し考えましたが、もうそこまでいくと移動オフィスというより逃亡する犯罪者の生活に近くなってしまいそうなので自重し、迷いましたが仕事で使うことの多いUbuntuとCinnamonで様子を見ています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これでもうわれわれの仕事欲を邪魔するものは何もありません。一心不乱に仕事に邁進することができます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;/assets/images/IMG_3776.jpg&quot; alt=&quot;仕事に邁進する&quot; /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;やたらと電子機器が増えたので、晴れた日には&lt;a href=&quot;https://www.amazon.co.jp/SmartTap-%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%8D%E3%83%AB%E5%85%85%E9%9B%BB%E5%99%A8-PowerArQ-%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC-%E9%AB%98%E5%8A%B9%E7%8E%87%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%8D%E3%83%AB%E6%90%AD%E8%BC%89/dp/B08GSLKRJN/&quot;&gt;こちら&lt;/a&gt;で充電しています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;/assets/images/panel.jpg&quot; alt=&quot;ソーラーじゃけん&quot; /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そして、疲れた目を休めながら、不況に冷え切った心を温めます。明日もまた仕事仕事の日々に戻るために。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;/assets/images/IMG_3946.jpg&quot; alt=&quot;癒されよう&quot; /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;4月は九州を一週間かけて移動しながら仕事をしました。子供たちの送迎のない日は気分に合わせて各地の湖や高台の公園、海辺などで仕事しています。今のところうまくいっているので、夏はどこかの高原でワーケーションなどもどうかと考えているところです。&lt;/p&gt;</content><author><name>Godo GK</name></author><summary type="html">オフィスというものを持たない弊社では、コロナ禍における仕事環境改善の一環として、出張オフィスとなる車両を利用しています。</summary><media:thumbnail xmlns:media="http://search.yahoo.com/mrss/" url="https://blog.godo.llc/assets/images/IMG_3913.jpg" /><media:content medium="image" url="https://blog.godo.llc/assets/images/IMG_3913.jpg" xmlns:media="http://search.yahoo.com/mrss/" /></entry><entry><title type="html">Christmas Hacks サンタになろう Ho Ho Ho!</title><link href="https://blog.godo.llc/2022/01/14/christmas-hacks.html" rel="alternate" type="text/html" title="Christmas Hacks サンタになろう Ho Ho Ho!" /><published>2022-01-14T00:17:29+09:00</published><updated>2022-01-14T00:17:29+09:00</updated><id>https://blog.godo.llc/2022/01/14/christmas-hacks</id><content type="html" xml:base="https://blog.godo.llc/2022/01/14/christmas-hacks.html">&lt;p&gt;Life Hackなんて言葉はもうだいぶ人口に膾炙しているのではないかと思うのですが、この “{noun} hacks” という言い回しは、例えば &lt;a href=&quot;https://www.oreilly.co.jp/books/9784873113470/&quot;&gt;Excel&lt;/a&gt; だったり&lt;a href=&quot;https://www.oreilly.co.jp/books/9784873113357/&quot;&gt;統計&lt;/a&gt;だったり&lt;a href=&quot;https://www.amazon.co.jp/Baseball-Hacks-Analyzing-Winning-Statistics-ebook/dp/B00GWUHR3A&quot;&gt;野球&lt;/a&gt;だったり、まあ色々なものに使われており、いずれも何かをちょっと工夫してあれこれしようという程度の意味になります。要するに今更もう説明不要でしょうといいたいだけなのですが、詳しい説明はオライリーの書籍を参照してください。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、標題の件ですが、今年から弊社が取り組み始めたクリスマスのちょっとした工夫についてお話ししたいと思います。前職では社内の方のアイデアでバレンタインデーを hack して、あの忌々しいチョコがどうたらというイベントの代わりに、その日は慈善団体に寄付する日にしました。海外のお金も受け入れてくれるところを選ぶと旅行などで手元に余った元やドルなんかも活用することができます。うまく発展させて、ホワイトデーは会社がその倍額を寄付するなんてことにしたらもっとよかったのですが、会社自体が売却されてしまって人も入れ替わってしまい自然消滅してしまいました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そして合同屋として再び会社を始めて3年目、今度はクリスマスを工夫することにしてみました。ご協力いただいたのは前職の同僚で金融業界にする方です。素敵な提案ありがとうございました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところで、皆さんのお仕事されている会社や学校にも、非常食って備蓄されていますよね？あれって定期的に入れ替える必要があるんです。賞味期限もあるし、おそらく安全・衛生面から社内規定で定められているはずです。時期は会社によってまちまちですが、新卒の求人があったりする会社だと春先に社員の人数が大きく変わるのでその前に廃棄するルールになっているところが多いのではないでしょうか。また年度の変わり目は忙しいので、年末に入れ替えるところも多いのではないかと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そんな非常食ですが、賞味期限が近くても廃棄せずに活用する方法があるんです。今年も都内の各所で経済的に困窮された方が利用できるように年末年始に炊き出しが行われました。その際に食べていただいたり、持ち帰って備えていただくのに非常食のパッケージはとても役に立ちます。また、ちょうど知り合いが「&lt;a href=&quot;https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_6194a058e4b07fe201039987&quot;&gt;せかいビバーク&lt;/a&gt;」という&lt;a href=&quot;https://sekaibivouac.jp/&quot;&gt;プロジェクトを始められた&lt;/a&gt;のですが、そこでもご活用いただくことができます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;というわけで、弊社は今年のクリスマスにそんな非常食を数百個ほど集めて「&lt;a href=&quot;https://tsukuroi.tokyo/&quot;&gt;つくろい東京ファンド&lt;/a&gt;」様にお届けすることにしました。ちょうど移動オフィスも兼ねた&lt;a href=&quot;https://www.gordonmillerpro.com/motors/gmlvan-v-01/&quot;&gt;社用車&lt;/a&gt;も納車されたのでいい機会です。 サンタらしいのは体格だけという小汚いおっさんもこれで立派なサンタさん。クリスマスの日にちょっといいことするのって気分がいいですよね。来年も続けていこうと思うので、もし非常食をご提供いただける企業様などありましたら是非お声がけください。受け取りに伺います。&lt;/p&gt;</content><author><name>Godo GK</name></author><summary type="html">Life Hackなんて言葉はもうだいぶ人口に膾炙しているのではないかと思うのですが、この “{noun} hacks” という言い回しは、例えば Excel だったり統計だったり野球だったり、まあ色々なものに使われており、いずれも何かをちょっと工夫してあれこれしようという程度の意味になります。要するに今更もう説明不要でしょうといいたいだけなのですが、詳しい説明はオライリーの書籍を参照してください。</summary><media:thumbnail xmlns:media="http://search.yahoo.com/mrss/" url="https://blog.godo.llc/assets/images/santa.jpg" /><media:content medium="image" url="https://blog.godo.llc/assets/images/santa.jpg" xmlns:media="http://search.yahoo.com/mrss/" /></entry><entry><title type="html">自然発生的アジャイルサムライ</title><link href="https://blog.godo.llc/2021/11/09/agile-girls-now-on-duty.html" rel="alternate" type="text/html" title="自然発生的アジャイルサムライ" /><published>2021-11-09T00:00:00+09:00</published><updated>2021-11-09T00:00:00+09:00</updated><id>https://blog.godo.llc/2021/11/09/agile-girls-now-on-duty</id><content type="html" xml:base="https://blog.godo.llc/2021/11/09/agile-girls-now-on-duty.html">&lt;div class=&quot;language-plaintext highlighter-rouge&quot;&gt;&lt;div class=&quot;highlight&quot;&gt;&lt;pre class=&quot;highlight&quot;&gt;&lt;code&gt;It was back in '32 when times were hard
He had a Colt .45 and a deck of cards
 
-- &quot;Stagger Lee&quot; Nick Cave &amp;amp; The Bad Seeds
&lt;/code&gt;&lt;/pre&gt;&lt;/div&gt;&lt;/div&gt;

&lt;p&gt;a deck of cards とかの deck がどうして日本語では「デッキ」という使われ方をするのか寡聞にして知らないのですが、アジャイルソフトウェア開発の世界ではその名を知らない人はいない「&lt;a href=&quot;https://www.amazon.co.jp/Agile-Samurai-Software-Pragmatic-Programmers-ebook/dp/B00AYQNR5K/&quot;&gt;The Agile Samurai: How Agile Masters Deliver Great Software&lt;/a&gt;」という書籍に登場する inception deck は日本語の世界では一貫して「インセプションデッキ」と紹介されています。Amazonで新品を買うと&lt;a href=&quot;https://www.amazon.co.jp/dp/B00J1XKB6K/&quot;&gt;何故か原書より日本語訳「アジャイルサムライ――達人開発者への道」の方が安い&lt;/a&gt;という怪現象に出くわしますが、どちらもまだ科学者たちがその理由を解明している最中です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この「インセプションデッキ（inception deck）」というのは、inception（始めの、とか最初の、とかいう意味）とdeck（トランプなんかの一組）という言葉の組み合わせです。アジャイルソフトウェア開発の現場では、何かのプロジェクトを開始するにあたって、最初のコードを書くまえにきちんと方向性を合わせておくために作られるものです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;なんとなくの合意で始まったプロジェクトの場合、それぞれのメンバーがイメージしていたものとその成果物がかけ離れたものになってしまう危険があります。そもそも、言語というものの性質上、簡単な言葉でさえ私たちの頭の中のイメージは食い違います。誰もが「猫」という言葉を聞いて思い浮かべるのは同じ「猫」ではありません。もちろん私の場合は最高に可愛いうちのあずきちゃんのことですが、皆さんの頭の中の猫は違うはずです。&lt;a href=&quot;https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%8B%E6%8A%BC%E3%81%97%E8%BB%8A&quot;&gt;動物の猫でさえないかもしれません&lt;/a&gt;。一つ一つの食い違いは小さくてもそれが積もって大きな違いになるのは、倦怠期を迎えたカップルだけの専売特許ではないのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;確かに究極的には何をしたところで私たちの頭の中のイメージは一致しないのですが、それでもインセプションデッキのような念入りな合意を形成することは、あなたを含めたプロジェクトの成員がみんな揃って筋金入りのお馬鹿さんでなければ、貧しい人々のための無料食堂を作ろうとしてうっかりドレスコードを設定してしまうような大きな間違いを回避するための重要な道標になります。また、絶えず揺れ動くソフトウェア開発のようなプロジェクトにおいて、常に立ち戻って自分たちがやっていることを検証する土台を用意することで、短絡的な思いつきに頼って迷走してしまう愚を避けるというさらに重要な役割を果たしてくれることもあります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;面白いことに、このインセプションデッキを含めたプロジェクト進行のプロセスというのは、必ずしもソフトウェア開発にだけ有効なものではありません。またアジャイルソフトウェア開発のチームでなければいけないわけでもなく、さらにはインセプションデッキを用意するといった形式も必ずしも必要なわけではありません。世の中には専門的にアジャイルソフトウェア開発を学んだことなどなくても同じような効果をあげているプロジェクトだってちゃんとあります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;弊社はこれまでに幾つかのNPO団体の皆さんの活動を支えるソフトウェアを開発・提供してきましたが、その打ち合わせの場で、とある団体の方々がとてもユニークな議論の仕方をしていることに気づきました。筆者自身はソフトウェア開発が専門なので、例えば誰かに何か困っていることがある、こういうことをやってみたいという話を聞くと、ではこれとこれを作れば解決ですね、さあやっちゃいましょう、ソフトウェアは世界を動かすのです、ワッハッハ、という発想と行動にどうしても偏りがちになります。その日も御多分に洩れずそんなことを話していたのですが、彼女たちがよくある企業のソフトウェア開発プロジェクトと異なるのは、だからといってすぐに、そうなんですね！それは素晴らしい！じゃあお願いします！となどと目の前のソリューションに簡単に飛びつかないのです。その代わりに、機能の詳細を煮詰めていく中で少しでも引っ掛かる部分があると、それが自分たちが使うのに相応しいものであるかどうか、そもそも自分たちは何をするための団体で、それは自分たちのやるべきことなのかどうか、という議論が誰からともなく始まり、意思決定のプロセスが必ず同じ道筋を辿るのです。結局この日の打ち合わせの結論は、なんとこの機能の実装は取りやめにしようというものでした。私は事前の技術的な調査も完璧にこなしていて、なんなら動作するデモまで用意して臨んでいたので、それらが全部無駄足に終わった時の気持ちはプログラミングの仕事を経験した人なら誰でもご理解いただけると思うのですが、それでも彼女たちの出した結論には両手をあげて賛成してしまいました。彼女たちは誰もアジャイルソフトウェア開発のことなんか知らないのに、それでも意思決定の際にはインセプションデッキに黄金の文字で刻まれた約束事にごく自然に立ち返り、プロジェクトの方向性についてぶれない指針を手に進んでいるのです。そりゃもちろん、時間や労力を使ってしまったことを取りやめるのは最高なことではないかもしれません。でも、何事も不変ではなく標的は常に動いています。そして何よりも優先するべきなのは自分たちのプロジェクトの存在意義であり、サンクコストに迷うことなく決断できるというのは並大抵のことではありません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;目の前の簡単な解決に飛びつくのは、丸投げするのと大した違いはありません。でも、あなたのプロジェクトは、丸投げで済ませてしまっていいような、そんな程度のものなのでしょうか。もちろん、たまにはそういうこともあるでしょうけど、もしそんなプロジェクトしかないのなら、アジャイルとかなんとかいう話にはなんの意味もないし、波風立たない人生の中で余計なことに煩わされる必要はないでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;インセプションデッキというのは、明文化された集団のアイデンティティでもあります。普通、われわれ人間は脆くあやふやで、なんのために生まれて何をして生きるのか、さしたる指標もないままに過ごします。生まれることを選んだ覚えもありません。でも、プロジェクトという集団的な擬似人格を作り上げて何かを成し遂げようとするとき、運が良ければ私たちはそれを通して何者かになることができます。つまらないプロジェクトに関わってつまらない人間になることも可能です。意義深いプロジェクトの一部となって人生の意義を感じる機会を得ることもまた可能です。どれもあなたという人間を説明する一つの手がかりとなることでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そういうもんなんじゃよ、お若いの。&lt;/p&gt;</content><author><name>Godo GK</name></author><summary type="html">It was back in '32 when times were hard He had a Colt .45 and a deck of cards -- &quot;Stagger Lee&quot; Nick Cave &amp;amp; The Bad Seeds</summary><media:thumbnail xmlns:media="http://search.yahoo.com/mrss/" url="https://blog.godo.llc/assets/images/board.jpg" /><media:content medium="image" url="https://blog.godo.llc/assets/images/board.jpg" xmlns:media="http://search.yahoo.com/mrss/" /></entry><entry><title type="html">プロジェクト管理におけるアンガーマネージメント</title><link href="https://blog.godo.llc/2021/09/19/home-is-where-the-heart-is.html" rel="alternate" type="text/html" title="プロジェクト管理におけるアンガーマネージメント" /><published>2021-09-19T00:00:00+09:00</published><updated>2021-09-19T00:00:00+09:00</updated><id>https://blog.godo.llc/2021/09/19/home-is-where-the-heart-is</id><content type="html" xml:base="https://blog.godo.llc/2021/09/19/home-is-where-the-heart-is.html">&lt;p&gt;プロジェクトの管理の現場では、最近ではアジャイルだなんだとスクラムなどの手法を取り入れることはかなり一般的になってきています。物理的なポストイットを並べたホワイトボードやファンシーなプロジェクト管理ツール、或いは昔ながらのExcelのシートをみんなで眺めながら、毎朝進捗の確認があり、誰かが余計なことを言ったり言わなかったりしていることでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;おそらくこの世にはスクラムについての書籍が数百冊出回っていて、オンライン講座は毎日無数に開催されており、いずれの内容にも大差がなく、きっとどこかで誰かの役に立っているのだろうと思われますが、その中に「怒り」について扱われているものがどれくらいあるでしょうか。というのも、これまでの経験から、怒りというものがプロジェクトを阻害するケースを見かける頻度はちょっと見過ごせないほど高いと感じられるからです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;プロジェクトを回している中で、怒りの感情を抑えられない人を見かけることがあります。スクラム講座のような温室栽培の緩いプロジェクトではなく生活のかかった本物のプロジェクトの現場では、進捗が悪かったり、満足いく回答を出せなかったメンバーに向かって露骨に怒りの感情を表す人がいます。特に正義感の強い曲がったことの嫌いなプロジェクトの管理者だったりする場合に、その怒りは大きなものになりがちです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そんな人たちの怒りはとても正しく、きっと理路整然としくじった人を責めたてるでしょう。そのゆるぎなき正しさのために、ひょっとしたら光り輝いているかもしれません。そして大変にロジカルで、賢く、ええと、とにかく正しいわけです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、そもそもプロジェクト管理における最大の正義とは何なのでしょう。例えば、あらゆる進捗管理を無視したメンバーが、なぜか最小限の努力で期日内に成果物を完成させてしまった場合、そのプロジェクトは成功したといえるでしょうか。これは難しい問題です。秩序を重んじる人はこれを成功とは呼ばないかもしれませんし、もう少し真面目な人なら、一旦成功としながら、管理手法とプロジェクトの内容や成員がミスマッチを起こしていたのではないかとこれまでの経緯を見直すかもしれません。いずれにせよ、プロジェクトの正義とはその進行状況にあるのか、それとも成果にこそあるのかという観点で考えると、そこには大きな価値観の対立があります。そして、そこであくまでこれまでの管理手法を正しく遂行することに価値を見出してしまうなら、正しいことを語りながら愚かなことをしてしまう、愚かな頑張り屋さんになってしまいます。なぜなら、あらゆるプロジェクト管理の手法の意義は効率の最大化とリスクの低減にあるのであって、そのターゲットは常に動いているのですから、現状に合わせて最適化し続けるべきだからです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、残念ながらプロジェクトの場で怒る人が繰り出すお見事な説教には、実は一分の理もありません。もちろんその揺るぎなき正義のために、時と場合によっては光り輝きながら喋っていることさえあるでしょう。でも、だからなんだというのでしょう。その瞬間、その人は正義と引き換えにプロジェクトのエネルギーの総体を減らしてしまっています。あらゆるプロジェクトは手持ちのメンバーで実行するしかありません。それぞれのメンバーの力量には限界があり、それはただでさえ有限な資源なのに、何かをしくじったくらいでわざわざご丁寧にそのメンバーのやる気を挫いていたら、まるで手持ちのカードのキングの札をわざわざ役立たずの6か何かに交換するようなものです。どんなに正しいことを口走っていようが、やっていることは滑稽極まりありません。だったらその人が一人で仕事すればいいのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もちろん、怒り心頭に発する正義の人ならすぐさま反論するでしょう。いわく、一時的なパフォーマンスの低下と引き換えにしてでもプロジェクトの秩序を乱しモラルを崩壊させる要素は排除するべきだとか、もっと単純に、例えば「それでは示しがつかない」なんて言い返されるかもしれません。でも問題なのは怒りが正当化できる理由ではなく、怒りを正当化して他人にぶつけている行為そのものなので、その手の反論は無意味です。結局、あなたには手持ちの人員でなんとかプロジェクトを遂行する以外の選択肢はなく（あれば替えたらいいんじゃないですかね、プロジェクトはもっと遅延しますが）、その中で全員が最大のパフォーマンスを発揮するのが理想であることに違いはありません。それに反する行いは全て無駄なのです。プロジェクトが遅延することを怒ってプロジェクトの速度を落とすなんて、殴られたからといって自分でももう一発自分の顔をパンチするようなものです。こんな言い方も酷いですが、ちょっと気持ち悪いです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;でも、まあその怒りの理由ももっとであるという点もまた事実ではあります。結局のところ、悪いのは怒る人の怒りの発露の仕方であって、それを他人に当たり散らすのではなく、もう少しマシな方向に持っていくことでなんとか裏で誰かに愚痴るくらいで済むような程度のコントロールすることは出来ないでしょうか。ちょっと嫌味な言い方ですが、他人に怒り散らすくらいに正義感が強いのであれば、その力を少し違う方向に向けるだけで簡単にできるはずです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ここまで読んで、過去に自分が業務で参加した、或いは現在参加している具体的なプロジェクトのことを思い浮かべている方も多いかと思いますが、上記は全て家庭内で起きた子供の夏休みの宿題やテスト前の勉強の管理についてのお話です。職場では優秀なプロジェクト管理者のあなたでも、家で子供の宿題をみる際にはうっかり碌でもないプロジェクトメンバーに成り下がってしまっているなんてことはありませんか？我が家でも進捗がなかなか出せないメンバーに対して説教したりマイクロマネージメントに陥っている管理者の姿が散見されるようになり、改めてプロジェクトの進行について大幅な見直しを実施しました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;改革はまず、権威主義的でいい加減なプロジェクト管理体制を打破することから始めました。プロジェクト管理者がプロジェクトの具体的な詳細についてあまりにも無知であったことを反省し、手始めに「今日のやることを(ゲームなどの娯楽の前に）済ませておくように」といった具体性に欠ける指示を撤廃しました。プロジェクトにおいて曖昧な作業指示ほど致命的な間違いを誘発するものはありません。せめて「今日は教材『理科の学習ノート』のP.34からP.37までの問題を最初は自力で解いてみて、その答え合わせをしてから、間違えた箇所を教科書『理科の完全理解』の該当箇所を見ながらやり直しなさい。完了したら親にノートを見せて終了のサインをもらうこと」くらいの具体的な指示なら、内容の理解に齟齬が生じる心配はかなり減るでしょう。コミュニケーションの行き違いほど世の正義漢たちの怒りを誘発してしまいがちです。また、終了条件に確認のプロセスを入れたことで口頭での完了報告を撤廃し、虚偽の報告がそもそも不可能にすることで感情的な諍いを減らす効果もあります。もちろん、模範回答を丸写しするなどの誤魔化しはいくらでも可能ですが、案外と模範解答の丸写しでもそれはそれで学習になることもあるので、気になるようであればチェックしてもいいですが、必要に応じて対策する程度で構わないでしょう。そして大事なのはこのような作業指示や進捗の確認は可能な限り毎日決まった時間にやることで習慣化し、作業のリズムを作り出すことでメンバーの心理的な負担を軽減することです。週に一度くらい気まぐれに声をかけてその成果が期待以下であればギャアギャア叱るなどもってのほかです。最初は難しいかもしれませんが、子供の学年が低いうちはその作業内容も簡単なものばかりなので、慣れると毎週末にタスクの大まかな管理をするだけで毎日の作業指示の作成もルーティーンワークで済ませることができるようになります。また作業指示に際しては決して威張って命令するのではなく、いつも頑張ってえらいね、今日も頑張ろうね、親の方も今日はこんなことするから、終わったら一緒に美味しいものでも食べようか？といった会話でモチベーションを高めてメンバーの努力を後押ししてあげることを忘れてはいけません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;本来、仕事も勉強も本質的に苦痛なものとは限らず、実は結構楽しいことであったりするんですよね。特に、それが自分の意思でやっていると感じられる環境であれば、仕事は少なくとも強いられた苦行ではなくなります。自身が奴隷であることに奴隷に気づかせるのは悪い奴隷主です。じゃなかった、共感によりモチベーションを管理すること以上にメンバーの力量を最大限に発揮させるのが難しいソフトウェア開発のような複雑なプロジェクトや受験勉強のように面倒な作業では、怒りの発露は無駄であり、有害であり、どんなに正当化しようとも余程のことがない限りは褒められたものではないのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;出来の悪い子ほど可愛いという言い回しがありますが、あれは出来の悪い子ほど親がその子に手をかけてしまうという事象を表現しているのではないかと思うことがあります。ああ、この子はまともに自転車も乗れないのだから、塾に通うのにも親の送り迎えが必要に違いない、といつまでも車を出して子供を送迎したりするわけです。プロジェクト管理もまた同じなのかもしれません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;“Anger is an energy! Anger is an energy!”
“What is anger?”
“Anger is an energy!”&lt;/p&gt;

&lt;div class=&quot;video&quot;&gt;
  &lt;iframe src=&quot;https://www.youtube.com/embed/jPj-8_wOZcA&quot; frameborder=&quot;0&quot; allow=&quot;accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture&quot; allowfullscreen=&quot;&quot;&gt;&lt;/iframe&gt;
&lt;/div&gt;</content><author><name>Godo GK</name></author><summary type="html">プロジェクトの管理の現場では、最近ではアジャイルだなんだとスクラムなどの手法を取り入れることはかなり一般的になってきています。物理的なポストイットを並べたホワイトボードやファンシーなプロジェクト管理ツール、或いは昔ながらのExcelのシートをみんなで眺めながら、毎朝進捗の確認があり、誰かが余計なことを言ったり言わなかったりしていることでしょう。</summary><media:thumbnail xmlns:media="http://search.yahoo.com/mrss/" url="https://blog.godo.llc/assets/images/3869936B-9005-4872-841C-CB800369F1C7.jpeg" /><media:content medium="image" url="https://blog.godo.llc/assets/images/3869936B-9005-4872-841C-CB800369F1C7.jpeg" xmlns:media="http://search.yahoo.com/mrss/" /></entry><entry><title type="html">性差別の現場から</title><link href="https://blog.godo.llc/2021/08/10/contre-de-la-sexism.html" rel="alternate" type="text/html" title="性差別の現場から" /><published>2021-08-10T00:00:00+09:00</published><updated>2021-08-10T00:00:00+09:00</updated><id>https://blog.godo.llc/2021/08/10/contre-de-la-sexism</id><content type="html" xml:base="https://blog.godo.llc/2021/08/10/contre-de-la-sexism.html">&lt;p&gt;Newsweek日本版に&lt;a href=&quot;https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/11/post-13334.php&quot;&gt;「学力よりも性別で年収が決まる、日本は世界でも特殊な国」&lt;/a&gt;という記事が出ていました。OECD加盟国等24か国・地域が参加して行われた調査をもとにしているので「世界でも特殊」というと少し語弊があるかもしれませんが、日本の女性の高学力群が男性の低学力群よりも稼ぎが少ないのは3カ国だけということなので、少なくとも先進国の中では特殊だといえるでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しばらく前に、&lt;a href=&quot;https://ja.wikipedia.org/wiki/2018%E5%B9%B4%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E5%8C%BB%E5%AD%A6%E9%83%A8%E4%B8%8D%E6%AD%A3%E5%85%A5%E8%A9%A6%E5%95%8F%E9%A1%8C&quot;&gt;日本の大学の医学部の入試で女子の受験者の方が実際の点数よりも減点されている&lt;/a&gt;という問題が発覚して話題になりました。衝撃的なニュースですが、これは昔から行われてきた慣習であり、業界では公然の秘密であったという事実もまた大きな驚きでした。筆者は医学界の人間ではないので世に出た記事からしか窺い知ることの出来ないことではありますが、少なくともこれが公正な扱いであるとは言い難いのは理解できます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;差別というのは行為としては体系的に捻じ曲げられた認知であったりコミュニケーションであったりするわけですが、それでも見落としてはいけないのは、これがスキャンダルとして報道されたという事実です。つまり、多くの女性たちにとってその人生の大きな岐路にあたって進路の選択に決定的な（負の）影響を長年にわたり与えてきたであろう点で遅きに失したとはいえ、これは差別であり、性差別というのはよろしくないことであるというコンセンサスは社会に広く共有されているのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今どき、たとえ当人がどんなにみっともないほどに無知であったとしても、それなりの地位のいい大人が女に学歴など不要だとか理系の分野に進学するべきではないと言い出せば世間の非難を浴びることは避けられません。実は筆者がまだ学生だった90年代にはこのようなことを口にする父親は珍しいと言えなくもないけれどもまだまだ結構いるという程度には実在していました。つまり、世の中は少しずつとはいえ着実に変化しており、性差別の解消という意味では、まだ不足している点は大いにあれど、やはり進歩してはいるといえます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、だからといって問題がないというのは明白な誤りです。例えば、その進歩の度合いと不揃いな進み方をみても改善は不完全かつ不十分です。冒頭の女性の収入についてもそうですが、大卒・院卒女性のフルタイムの就業率は15歳の子供がいる家庭を調査した場合でも多くても40%程度しかありません。その反面、専業主婦である割合も下がっているのですから、この層の多くの場合が非正規の雇用に吸い込まれていることが伺えます。女性の活躍できる社会を政府が標榜する一方で、肝心の政府にはごく僅かな女性しか参画できておらず、またそれを報じるマスコミ各社も採用ページにはいかに女性の働きやすい職場であるかを宣伝しておきながら、役員の一覧には初老の男性ばかりといった具合なのは皆さんもご存知の通りです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;このような一見してわかるほどに偏った状況を見ると、そこに何か大きなどす黒い陰謀のようなものを予感してしまう人も少なくないと思います。実際に医学部の入試における不正などはその証拠として報じられた向きもあったかもしれません。でも陰謀論が何かの役に立つことはあまりないので、出来ればここはしっかり踏みとどまってこの世界の現実との繋がりを断ち切ってしまわないようにしたいものです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そんな時には、非合理に見える事象の中にもちゃんと合理性があり、人々の選択はある面では合理的であるということを思い起こすべきです。例えばこの医学部における女性の冷遇は合理性という面では一定程度理解できることだという&lt;a href=&quot;https://diamond.jp/articles/-/178670&quot;&gt;報道&lt;/a&gt;にも注意を向けてみましょう。医学部の場合、女性の冷遇の理由として挙げられていたのは、外科のようなハードな仕事は女性には難しいのではないか、あるいは長期間のケアが必要なケースで出産のように長期間の離脱がある場合、十分な仕事ができないのではないかといった点でした。確かに医者の労働環境はあまり良いものではなく、だからといって現状を追認する必要はないだろうという点を除けば、これらの意見にも一定の合理性はあります。いや、慌てないでください。それが正しいという主張を展開したいというわけではありません。重要なのは、どこかの年を食った性差別の豚みたいな連中が権力にあぐらをかいて女性を貶め続けているのだというような世界観は本当に事態を改善しようとする際には邪魔になるということです。人間は非合理を選択する場合でもそれなりに合理的であり、そこに潜む認知的な歪みを理解しないことには事態を改善するのは難しいのです。差別はときに配慮の形をしている、と指摘するのはさほど難しいことではないのですが、それ以前のレベルにまで己の身を落として、何もかもは差別主義者が己の姿を隠して嫌がらせをしているのだと考えるとしたら、それは単純な性差別の裏返しでしかなく、その上に築き上げることができる政治的主張はあんまり強靭なものにならないと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、医学部の話に戻ると、多くの医者には「ハードワークに耐えること」「長期休暇で患者の治療計画に影響を与えない生活を送ること」といった評価基準が適用されているわけですが、これらの基準には、少なくとも字義の上では、かつては迷うことなく口に出され世間に広められていたような「女性は知的能力が劣っている」といった混じり気のない差別というものは存在せず、むしろ差別的な意味合いはそこから綺麗に削り取られているという特徴があります。と同時に、言外の意味として、平均的に体力があり、出産などのイベントでキャリアが中断されることがない男性に有利であるという、性差別を助長するニュアンスもきっちりと帯びています。このような言葉の厄介なところは、それを口にする人たちが全く性差別のことを意識することなく用いることを可能にしながら、それでいて言外の意味をきっちりとばら撒いて広めていく点にあります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;このような意識と実際の行為とのズレについての典型的な例は女性が活躍できない会社の人事考課にも見受けられます。役員の選別をこれまでの業績を基準に判断するなら、キャリアに中断がなかった人の方が有利になります。あまりご存知でない方のために一応説明しておくと、みなさんも記憶の以前に当事者として体験されたであろう出産は、入院して退院すれば徐々に体力が回復し職場復帰できるような盲腸などの病気とは違い、多くの場合まずその前に数ヶ月に及ぶ心身の変化があり、直後に始まる急激な体力の低下や更なる体質の変化が待ち構える、そしてケアなしには生存さえできない上に他人の都合についてはとんと関知しない人物が生活の場に数年間居座る事になるというちょっと想像を絶するような大きなインパクトがあるイベントです。そのようなハンデを考慮せず、人は皆平等だと呑気に思い込んでいるなら、業績ベースの判断は大変公平かつ公正なものに見えるでしょう。しかし現実にはそのように思い込むことでキャリアを中断する選択をした人たちを言外に排除していることになります。もしあなたが心の底まで自己責任論に染まっているなら、そんな選択をした人がその責任を負うべきだと思うかもしれませんが（そんな単純な人だからそんなものに染まってしまうのかもしれませんが）、子供を持つことは義務ではなく権利であり、権利である以上は守られなければならず、またそこに生じるトレードオフについて私たちは認識を共有するべきではないでしょうか。つまり、子供を持つという同じことを希望した場合でも男性と女性にはその負担には大きな差があり、当然の権利を行使した場合にキャリアに与える影響が異なるため結果として差別的な待遇が蔓延しているわけですが、それはどこまで正当化することができるものなのかという議論は続けていかなければならないものです。もっとはっきりいえば、労働環境を変えてでもそれは達成するべき目標なのかという問題を誤魔化すことなく議論すべきだということです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とはいえ、本稿は企業ブログであり、あまり誰にも読まれていない上に影響力も少なく、というのも一つの小さな企業にできることはさほど多いわけではないので、こうした話題は手に余るところではあります。しかしこのような人事考課に潜む言外の差別について考え、せめて対策することくらいなら可能です。世の中全体が変わることはなかなか期待できませんが、評価基準に差別が潜んでいるなら、この会社では評価基準を見直して、うちの会社で働いているなら、あたかも世の中が良くなった後の世界を生きるかのように生活することができるよ、というわけです。今は社員が一人しかいない会社なので、次の採用の時に頑張ればいいんじゃないでしょうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;営利企業のミッションの一つは常に「利益を最大化する」ことですが、一口に「利益を最大化する」といってもそこにはさまざまな意味合いが含まれます。キャリアを中断せざるを得ない性別の人間を排除することで「利益」を「最大化する」ことも可能かもしれません。しかし、少し考えると、そのような事態を避けることで優秀な女性の就業を促して、その結果として「利益」を「最大化」することもまた可能だとすぐに気づきます。差別的な扱いから長い時間をかけて直接的な差別の意図を取り去っていくと、実は私たちは利害やトレードオフについて本当はきちんと検討できていないのかもしれないという情けない自身の姿を見出してしまう事態になるのかもしれません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;先日そのあたりの問題について書かれた&lt;a href=&quot;https://econ101.jp/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%BB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%92%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%80%8C%E4%BA%BA%E7%A8%AE%E5%B7%AE%E5%88%A5%E3%82%92%E5%86%8D%E5%AE%9A%E7%BE%A9%E3%81%99%E3%82%8B%EF%BC%9A%E4%BC%9D%E7%B5%B1/&quot;&gt;面白い文章&lt;/a&gt;を読んだので共有します。&lt;/p&gt;</content><author><name>Godo GK</name></author><summary type="html">Newsweek日本版に「学力よりも性別で年収が決まる、日本は世界でも特殊な国」という記事が出ていました。OECD加盟国等24か国・地域が参加して行われた調査をもとにしているので「世界でも特殊」というと少し語弊があるかもしれませんが、日本の女性の高学力群が男性の低学力群よりも稼ぎが少ないのは3カ国だけということなので、少なくとも先進国の中では特殊だといえるでしょう。</summary><media:thumbnail xmlns:media="http://search.yahoo.com/mrss/" url="https://blog.godo.llc/assets/images/hack.jpg" /><media:content medium="image" url="https://blog.godo.llc/assets/images/hack.jpg" xmlns:media="http://search.yahoo.com/mrss/" /></entry><entry><title type="html">iPhone 3GSが登場した頃の話</title><link href="https://blog.godo.llc/2021/06/06/iphone-3gs.html" rel="alternate" type="text/html" title="iPhone 3GSが登場した頃の話" /><published>2021-06-06T00:00:00+09:00</published><updated>2021-06-06T00:00:00+09:00</updated><id>https://blog.godo.llc/2021/06/06/iphone-3gs</id><content type="html" xml:base="https://blog.godo.llc/2021/06/06/iphone-3gs.html">&lt;p&gt;iPhoneが日本で初めてSoftBankによりサービス開始された時の機種は3GSだったのだけれど、2009年くらいにそれが出た頃、筆者はガラケー向けサービスの会社に在籍していた。ガラケーなんてもう誰も覚えていないと思うので概要だけ説明すると、当時日本には携帯電話とその上で展開される各種サービスの大きな市場があり、その小さな画面と限られた処理能力に最適化されたWebサービスやアプリケーションが大量に作り出されていた。ガラケーのシステムの中でも特に秀逸だったのが、Webサービスの利用料金を携帯電話の通話料金と一緒に請求できるマイクロペイメントの仕組みが整備されていたことだ。ユーザーは毎月送られてくる領収書などあまり細かく見ないので、100円や200円程度の差なら通話料金の誤差と見分けがつかず、大抵の人は気にしないで課金してくれる。またサービス事業者は料金の徴収をキャリアに任せられるので、小さな会社でも容易に参入することができた。もっとも、これらの恩恵を受けられるのはあくまでキャリアの審査に通った「公式サイト」と呼ばれるサービスだけで、そうでないと個人を識別するためのIDがキャリアのプロクシから配信されないなどの制限もあった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今でも月額課金のサービスでサブスクリプションを停止するのが異様に難しいサイトがときどき話題になることがあるけれど、当時のガラケー向けWebサービスでは退会手続きのページに無用なアンケートを用意したり（空欄にするとエラーになったり）、キャリアの審査で怒られないラインを探りながら、可能な限りやりにくいようにするのが主流だった。ほとんどのサービスがユーザーの一人当たりの経費は0に近いので、どんどん増えても10万人あたり一度くらいサーバを増強する程度で済むのだけれど、退会されてしまうと儲けの減りは確実な上に、どのみち機能も限られていて、各サイトの間にそれほど質的な違いもなかったし、退会したユーザーが戻ってきてくれる望みもさほど高くなかったという事情もある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そんなわけで、ガラケーのサービスの理想的なユーザーを定義すると、月額課金のサブスクリプションをしたまま何もかも忘れてアクセスさえしてこない人たちということになる。そして当時はそんなユーザーを大量に作り出す仕組みが課金の他にもう一つあった。DeNAの提供するモバゲーだ。携帯電話の爆発的な普及により、これまでゲーム機や漫画、新聞などに費やされていた時間が、四六時中持ち歩いている携帯電話に吸収されつつあった。その中でもゲームは大変人気のあるコンテンツで、モバゲーは簡易なゲームを一箇所で体験できる上に、チャットや伝言板のような機能もあるので、みんなその上で実に健全なコミュニティを形成していったのである。なんてことがあるわけがなくて、モバゲーは性的な関係を求める人々にも大変強くアピールし、そんな雰囲気の中で「ワンチャン」を狙い群がる人々のさまざまな（主に下半身の）欲求を吸収しながらどんどん成長していったのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、そんなモバゲーがどうして他の公式サイトのサブスクリプションと関係あるのかというと、モバゲーのビジネスモデルはゲームからの直接の売り上げを得るのではなく、そのユーザーの行動を広告として販売していたからだ。具体的には、モバゲーのユーザーはゲームの途中でポイントが足りなくなると、モバゲーに広告を出稿しているサイトが画面に案内されて、そこにアクセスしてサブスクリプション登録することで追加のポイントを獲得してゲームを継続することができる。ゲームの画面くらいしか見たことがないのであくまで想像だが、おそらくチャットや伝言板の機能も同じような仕組みだったのかもしれない。そんな仕組みがある上に、当時の大抵の公式サイトの月額課金サービスは月の途中からの利用には日割りで課金されるのではなく、初月無料などの仕組みがあり、当月中の解約を忘れさえしなければ課金されることもないから課金登録自体が気軽になされていた。しかしこれはあくまで来るべき理想社会の合理的な人間の行動であって、少なからずの人が解約を忘れたり、解約の途中で面倒になったりするので、公式サイトたちはこぞってモバゲーに広告出稿するようになる、というわけだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;毎晩遅くまで残業しながら運営していたサービスが、結局は出会い厨の性欲で支えられていたというのも、なんというか因果な話である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そんな下部構造（違います）で形成された日本における携帯の市場だが、2009年のiPhone 3GSの登場で色々と前提がひっくり返されることになった。ガラケーの世界ではキャリアはインフラであり土管としてお金と情報の流れを請け負い、収益はあくまで携帯電話の通信料から得ていたので、その上に各社が安価にサービスプラットフォームを形成することができた。各社はキャリアの店子であると同時に、ガラケーのサービスを魅力あるものにするためのキャリアの武器でもあり、共犯じゃなかった共闘関係にあったわけだ。しかし、iPhoneでは課金はAppleが全て握ることになるため、このプラットフォームがAppleにより独占され、その上でサービスを提供するためには収益の30%をAppleに捧げなければならない。それ以外の何かのプラットフォームを構築すること自体が規約により禁止されているのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;iPhoneが日本にも登場した当初、特にガラケー事業者や日本でインターネット上でサービスを展開している人たちのiPhoneへの評価があまり高くなかったのは、ガラケーの仕組みの上に構築されたプラットフォームの手堅さに太刀打ちできるようには見えなかったのも原因の一つだと思われる。ユーザーはこの仕組みに満足しているように見える。そこに画面が綺麗でおしゃれな端末が登場したところで、これまでもそんな端末はいくつか登場しては消えていったのだし、今回もまたそれほど大きな流れにはならないのではないか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、おそらくガラケーのマイクロペイメントが月額課金をある意味で促進したのも、下半身の欲求をくすぐられた若年層の利用が広まったのも、別に最初から狙っていたわけではない、あくまでも副次的な効果だったのではないか。もしそうなら、副次的な波及効果というのは決してバカにできないものになり得ると、われわれはガラケーの成功自身から学ぶ機会があったのではないだろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;当時、ガラケー向けのサービスを提供したり、そのためのシステムを開発する会社に在籍していたのだけど、iPhoneが登場してすぐ、マネージャー職の中でも経営陣のお気に入りメンバーには研究のためということでそれぞれ新品のが1台ずつ配布されていた（当然、筆者はもらえなかった）。でも、そのクラスの人たちが新しいキラキラした端末を手にしても、飲み屋で見せびらかしながら未来のモバイルとはみたいな下らない事を語ることくらいしかできないし、その上で動かすものを開発することなど全くもって不可能だった。運よく何かアイデアを膨らませることが出来たとしても（パンデミック前は新橋や六本木の飲み屋では毎晩数百の革新的ビジネスのアイデアが登場し、夜明けまでに下水道に消えていくというサイクルが出来上がっていたんですよ）、コードが書けるわけでもないので外注するしかないので大したことは何も出来ない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もちろんそれは、彼らがとびきりに頭が弱かったせいではない。サービス事業者にとって、iPhoneはまだその程度の存在だったというだけだ。確かに先見の明はなかったかもしれないが、そんなものを求められても誰にだってほとんどありはしないのだから仕方がない。むしろ、自分たちの事業の屋台骨を揺るがす存在になり得るものなわけだから、見ないふりをしていられるうちは見ないふりをしていたいというのが人間というものだろう。バラ色の未来が来る確率は常に低いので、まあ大抵は低めに見積もっておけばいいというのも大人の知恵というものだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;思い返せば自分が会社を辞めて独立したのは、会社のiPhoneやクラウド事業に対しての見方が甘く、その原因が現状そこそこうまく回っているために起きている正常性バイアスであったり、過去の投資分を回収したいという間違ったサンクコストへの執着を見るにつけ、自分もその流れに巻き込まれてしまうのは避けたかったからなのが半分で、もちろん残りの半分はiPhoneを買ってもらえなかったことへの恨みでもあった。案の定、というのも後知恵っぽくて恐縮だが、一時は六本木の大きなビルにオフィスを構えていた会社はその後どんどん縮小し、やがて消えていった。経営層だけは何かしら手元に残る金があったようだが、その下で健康を犠牲にしながら働いていた連中が少なくとも金銭的に報われたという話は聞いていない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こういう体験を積み重ねて痛い目に遭いながら人間は多少の知恵を身につけ、あるいは身につけた気になりながら老いていくわけだけれど、ソフトウェアを作る会社は開発者に最高の機材と環境を提供しなければいけないという信念はこの時に感じた不満とその結果を眺めたことから学んだものだ。全員にたっぷり電源のある個室とアーロンチェアを用意し、好きなマシンを選んでもらい、オライリーのオンラインコースと読み放題サービスに加入させ、なるべく大きなディスプレイを提供するだけで、おそらく新しいプラットフォームや技術が出てきたら自然にみんなが対応を考えてくれるようになるだろう。だって会社が世間に取り残されたら、最高な環境を手放さなければいけなくなってしまうのだから。考える必要さえないことだ。ちなみに考える必要さえないという意味の英語の言い回し「no brainer」は日本語の感覚だと脳脳erみたいになるので好きだ。&lt;/p&gt;</content><author><name>Godo GK</name></author><summary type="html">iPhoneが日本で初めてSoftBankによりサービス開始された時の機種は3GSだったのだけれど、2009年くらいにそれが出た頃、筆者はガラケー向けサービスの会社に在籍していた。ガラケーなんてもう誰も覚えていないと思うので概要だけ説明すると、当時日本には携帯電話とその上で展開される各種サービスの大きな市場があり、その小さな画面と限られた処理能力に最適化されたWebサービスやアプリケーションが大量に作り出されていた。ガラケーのシステムの中でも特に秀逸だったのが、Webサービスの利用料金を携帯電話の通話料金と一緒に請求できるマイクロペイメントの仕組みが整備されていたことだ。ユーザーは毎月送られてくる領収書などあまり細かく見ないので、100円や200円程度の差なら通話料金の誤差と見分けがつかず、大抵の人は気にしないで課金してくれる。またサービス事業者は料金の徴収をキャリアに任せられるので、小さな会社でも容易に参入することができた。もっとも、これらの恩恵を受けられるのはあくまでキャリアの審査に通った「公式サイト」と呼ばれるサービスだけで、そうでないと個人を識別するためのIDがキャリアのプロクシから配信されないなどの制限もあった。</summary><media:thumbnail xmlns:media="http://search.yahoo.com/mrss/" url="https://blog.godo.llc/assets/images/iphone.jpg" /><media:content medium="image" url="https://blog.godo.llc/assets/images/iphone.jpg" xmlns:media="http://search.yahoo.com/mrss/" /></entry><entry><title type="html">プロジェクトマネージャーの適性</title><link href="https://blog.godo.llc/2021/05/29/who-should-and-should-not-be-a-project-manager.html" rel="alternate" type="text/html" title="プロジェクトマネージャーの適性" /><published>2021-05-29T00:00:00+09:00</published><updated>2021-05-29T00:00:00+09:00</updated><id>https://blog.godo.llc/2021/05/29/who-should-and-should-not-be-a-project-manager</id><content type="html" xml:base="https://blog.godo.llc/2021/05/29/who-should-and-should-not-be-a-project-manager.html">&lt;p&gt;今や色々な組織管理技法があり、スクラムはソフトウェア開発者ではなくコンサルの方がより雄弁に語るものとなったので、迂闊に「プロジェクトマネージャー」「プロダクトオーナー」「プロジェクト管理者」といった言葉を使うと悪いことが起きそうな気がしますが、ここでは盛大に無視して使いまくりつつ、その意味はざっくりとソフトウェア開発の現場でそのプロジェクトの日程や開発する内容を取り決める役割の人、くらいに留めておきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;世の中には多くの謎があり、そのいくつかは科学の力を持ってしてもいまだに解き明かされていない（どうして「re」は「lemon」の「レ」なの？）のですが、ソフトウェア開発における謎のひとつに「営業がプロジェクトマネージャーをやるとプロジェクトは決してうまくいかない」という法則があります。さらには、最近ではそれに加えて「営業がプロジェクトマネージャーをやるとプロジェクトは決してうまくいかないのに、なぜかいつも営業がプロジェクトマネージャーをやっている」というのもあります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もうずっと以前のことですが、受託開発の現場にいた頃に初めてそんな事象に遭遇したのは今でもよく覚えています。当時、支払額はよかったけれども非常に日程がタイトな受託案件に携わっていました。日程がタイトなだけでなく、決済などシビアな機能もあった上に機能仕様も手探りなままだったので、連日徹夜での作業が続きました。クライアント企業の社長が近くの六本木で飲んでいたのでそのまま真夜中に数名の女性を引き連れて視察に来たこともありましたが、あれはなんだったのかもまだ科学では解明しきれていません。また私を含めメンバーも選りすぐりとは言い難いもので、社内からはプログラマとして筆者が参加し、企画職から移動してきたばかりの営業が一人、それに急遽かき集めた派遣会社のプログラマが二人追加されただけの非常に厳しい体制でした。まあ、この状態ですから誰が管理しようとプロジェクトはうまく行くわけがないのですが、悪い前提条件はそれだけではありません。派遣できていたプログラマのうちの一人は全くコードが書けず「わたし、配列ってよくわからないんです」などの衝撃発言も飛び出す人材で、もう一人はプログラミングの力量はそこそこで話をしてもとても面白い愉快な人だったのですが、なんというか自分のペースを決して崩さないタイプで、スケジュールが詰まっているのにこちらが徹夜明けで客先とミーティングしている間に楽天でずっと買い物していました。彼は時間給だったので、楽天で買い物している間にも給料をもらえるわけですから、なんだかプロのバイヤーみたいですね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;過労でその場で寝てしまう前に、私が彼に向かって携帯を投げつけていたのを見たという人もいましたが、違います。ショックで手に持っていたのをぽろりと落としただけです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、そんな第二次世界大戦の南太平洋の戦場のような末期的な現場である日、朦朧とした頭でふと顔を上げると、何やら営業の人が怒っているのに気がつきました。どうやら理由は何か不具合があったからなんだそうです。話を聞いていてしばらく意味が理解できなかったのですが、ようやく整理できた頃に最初に頭に浮かんできた質問は、&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「お前、どっち向いて仕事してんの？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;でした。うん、不具合が起きて困っているのはわかる。だけど、バグが発生するのは誰のせいなんだろう。プログラマがサボっているから？ではバグを発生させることがないプログラマを用意すればいいの？局所的な条件でもない限りは原理的に無理ですよね？不具合というのは、それをあぶり出してチェックできる体制と時間がきちんとしていればそれなりに減らすことができる、そんな性質のものなんです。それを用意しないなら、運を天に任せてじゃんけんで物事を決めるのと大した違いはありません。少なくとも、プログラマに怒るというのは意味がわからない行動です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、人間は何の理由もなく怒るような状態にはなかなかならないものでもあります。つまり、この営業の人が特別に異様な精神状態にあるのでもない限り、何か怒る理由があるはずです。そこで、少し話を聞いて彼女の行動の動機を確かめることにしました。すると、いくつか面白い言い分を聞くことができました。その中でも特に面白かったのは&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;・自分はお客様の声を代弁しているのだ&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;という主張でした。そっか、金を払ってるのに何やってんだ、というお客さんの声をそのまま伝えたつもりなんだね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;基本的に、営業職というのはお客さんに「はい」と返事してもらうのが仕事です。「これを買ってください」「はい」、「これも買ってください」「はい」、「できれば追加でサポート契約もしてください」「はい」、という具合に物事が進むのが理想です。そのため、お客さんが「はい」と答えてくれない障壁は可能であればいずれも無くしてしまいたいという強い動機があります。「もっと安くならない？」「ここ、もうちょっと変えてくれないかな」「工期が厳しいけどなんとかしてよ」といったクライアントの要求に対して、自分の会社に不利だからと全部突っぱねていると失注しかねないわけで、可能であれば全部飲んであげる方が、少なくとも表面的には有利になります。それに、人間は目の前に相手に対して常になるべく「いい人」でいたいという欲求があるらしいですからね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;でも、給料はお客さんからもらっているわけじゃないのまた事実なのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もし営業職の人が経験豊富でそのような動機付けに対してもう少し長期的な視点を持ち合わせていればそれなりに抑止できるのかもしれませんが、それでもインセンティブの方向を変えることはできないわけで、たとえ利益率の上限を定めてそこに金銭的インセンティブを与えたとしても、失注するよりはギリギリの線でも契約した方がマシというのに変わりはありません。つまり営業職は基本的にクライアントと利害が一致してしまいがちなので、そのためプロジェクトには営業職に対して歯止めとなるような利害関係のある立場の人が必要になります。これはインセンティブがそうなっている以上は個々人の賢さを越えたところにある傾向なのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;いくら営業職にとって短期的・局所的に利益になるとはいえ、そのために自社により負担をかけてしまえば結局共倒れになるわけですから、誰かがうまく線引きをしなければいけません。プロジェクト管理者がこの歯止めの役割を果たすのが理想なのですが、もし営業職がプロジェクト管理者であれば、余程のことがない限りそれはちょっと期待することができません。ソフトウェア会社の価値はいい製品を開発できることだけではなく、それを継続できること、そのための利益をあげられることがセットになっている必要があります。その実現のためには、営業職に課せられたインセンティブはあまり適切ではないのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、案件というのはまず営業が客先と交渉してスタートするもので、日程や機能の調整の場にも必ず営業が出席します。そしてこちら側の言い分も特に案件の最初のステージでは営業が会社を代表して交渉するものなので、どうしても営業が案件自体をドライブすることが多くなってしまいがちです。そこで、技術寄りの担当やプロジェクト管理の担当を早めに投入して営業の利害だけで話が進んでしまわないよう抑制しなければいけません。特に体制が整っていないベンチャー企業ではどうしてもその辺りのケアが手薄になります。またプロジェクト管理担当がすぐ営業とつるんで遊びに行ってしまうような人選も避けないといけません。優秀な営業ほど人たらしも上手なのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;というわけで、営業って一種の二重生活を送ることになるんですよね。クライアントに向ける顔と、自社に向ける顔の両面を使い分けるスパイのように。特に優秀で会社に利益をもたらす人ほどこの二重性のコントラストが強くなります。まあ妹の彼氏を評価する場合はこの傾向はちょっと不利になるかもしれませんが、営業職としてはこれが適性なんだと思います。繰り返しますが、これは個々人の賢さを超えたところにある傾向であって、ミクロ経済学では人はインセンティブに影響されるとあります。インセンティブというのは人に何かをする動機を与えるもので、それに影響されるのだから、人は動機に動機付けられるということになります。これは絶望的な話ではなく、人はそこまでアホではないという救いでもあります。詳細は以下のビデオに解説されています。&lt;/p&gt;

&lt;div class=&quot;video&quot;&gt;
&lt;iframe src=&quot;https://www.youtube.com/embed/VVp8UGjECt4&quot; title=&quot;YouTube video player&quot; frameborder=&quot;0&quot; allow=&quot;accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture&quot; allowfullscreen=&quot;&quot;&gt;&lt;/iframe&gt;
&lt;/div&gt;

&lt;p&gt;さて、結局、くだんの営業の人は、どっちを向いて仕事していたのでしょう。多分、自分自身だったのだと思います。うるさいクライアントとノロマで間抜けなプログラマの板挟みになって、正直うんざりしていたのでしょう。でも、そんな時こそ忘れてはいけません。こんな体制と条件で案件のゴーを決断したのは誰だったのかを。あるいは、会社の売り上げが思わしくなく投資家に毎週のように締め上げられていると切々と語りながら、最終的には現場の判断でゴーしたという体裁にした経営者のことを。使われるもの同士がいがみ合っていては、いつまでもそこから利益を得る側の思う壺なのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;繰り返しになりますが、大事なことなのでこの点は強調しておきます。これは営業の人が個人的な能力に問題があるからだという話ではありません。単純に、どうしても営業にはクライアントの言い分に従うことが短期的には利益になるので、そのように行動してしまう理由があるということです。それは個人の能力や賢さに関係なく、否応なしに機能する傾向としてインセンティブが働いてしまうというだけのことです。&lt;/p&gt;</content><author><name>Godo GK</name></author><summary type="html">今や色々な組織管理技法があり、スクラムはソフトウェア開発者ではなくコンサルの方がより雄弁に語るものとなったので、迂闊に「プロジェクトマネージャー」「プロダクトオーナー」「プロジェクト管理者」といった言葉を使うと悪いことが起きそうな気がしますが、ここでは盛大に無視して使いまくりつつ、その意味はざっくりとソフトウェア開発の現場でそのプロジェクトの日程や開発する内容を取り決める役割の人、くらいに留めておきます。</summary><media:thumbnail xmlns:media="http://search.yahoo.com/mrss/" url="https://blog.godo.llc/assets/images/sales.jpg" /><media:content medium="image" url="https://blog.godo.llc/assets/images/sales.jpg" xmlns:media="http://search.yahoo.com/mrss/" /></entry><entry><title type="html">頭の中の人々</title><link href="https://blog.godo.llc/2021/04/03/people-in-my-head.html" rel="alternate" type="text/html" title="頭の中の人々" /><published>2021-04-03T18:36:53+09:00</published><updated>2021-04-03T18:36:53+09:00</updated><id>https://blog.godo.llc/2021/04/03/people-in-my-head</id><content type="html" xml:base="https://blog.godo.llc/2021/04/03/people-in-my-head.html">&lt;p&gt;人間は考え事をするときに&lt;a href=&quot;https://twitter.com/tsuyomiyakawa/status/1337383785201946624&quot;&gt;頭の中で複数の人の声で会話のようなことをしている&lt;/a&gt;という話を聞いた事があります。専門家ではないので詳しくご存知の方に教えていただきたいのですが、確かに経験的にもそれは正しいことのように思われます。先のリンクのスレッドからの引用ですが、人は考えるときに頭の中でこんなことをしているのだそうです。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
  &lt;p&gt;意思決定とかの場面で、他者のモデルが登場してきて、そのヒトだったら、きっとこう言ってこう振る舞うだろう、とか、視覚的・聴覚的に頭の中で登場してきて、ビビッドにシミュレーションされる&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;文字通り頭の中に他者のモデルを作成して、まるで人工知能のように喋らせているかのようです。こうして他人の考えを吸収して自分のものにしていくというプロセスにはなかなか興味深いものがあります。というのも、歴史を振り返れば、例えば人間は文字の発明により自分たちの経験や考えを書物などの形に残して伝達することが可能になり、その結果、大量の経験を積む行為を省略しながら過去の議論や発明を参照し、その上にさらにそれらを発展させ、そして後世に伝えていくことが出来るようになりました。これにより、一人の人、一つの世代がいつも最初から物事をやり直すことなく、「&lt;a href=&quot;https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%A8%E4%BA%BA%E3%81%AE%E8%82%A9%E3%81%AE%E4%B8%8A&quot;&gt;巨人の肩の上&lt;/a&gt;」を足場に新しい取り組みを始めることが可能になったというわけですが、それがなければ人間はいつまで経っても飛躍的な進歩を遂げることはなかったでしょう。海に暮らすタコは高い知能を持っているといわれています。サッカーの試合の予想までするのは眉唾ですが、少なくとも数をかぞえたり、鏡の中の自己を認識するなどの高い能力があることは確認されています。しかし、残念ながら人間に比べて寿命が短く、また言葉を持たず獲得した知恵や経験を次世代に伝える方法がないので、その高い知能を活かして高度な文明を築くようなことは出来ません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こうして、人間は言葉を伝達することにより飛躍的な発展の手段を手に入れたわけですが、面白いことに、このようなショートカットは人類が言葉を操るようになってからずっと使われてきたものであり、また今でも似たような手法で私たちは日々自分たちの能力を拡張・補強し続けています。例えば、私たちはもう大概の知識がそれ自体について詳細まで暗記していなくても、どうやったら検索可能であるか、或いはどうやったらちゃんとした情報にたどり着けるかさえ知っていれば、簡単に暗記している人と同等のパフォーマンスを発揮できることを知っています。もちろん暗記それ自身にも大きなメリットはありますが、それなりに高度であったり特殊なケースを除けば、どうやってそれが検索出来るか知っているのと覚えているのとではそれほど大きな差はないというレベルにまで達している事柄もたくさんあります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;先のTweetで面白かったのは、このような人間の能力の拡張が、私のようなうっかりモノにはGoogleなどの検索技術の発達とスマートフォンに代表される携帯可能な情報端末により初めて実現した人間の新しい世界のように思われたのですが、実際には昔ながらの人間の機能であったと気付かされたことです。人生は一度きり、というのは古くは&lt;a href=&quot;https://www.youtube.com/watch?v=b1Rsb4Fr5VI&quot;&gt;ヨハン・シュトラウス２世のワルツ&lt;/a&gt;であり、また匿名浮気サイト（データベースの中身が流出して大変なことになった）のキャッチコピーでもありましたが、まあある意味でその通りではあります。しかし、他者のモデルを脳内にシミュレーションすることで、何かについて意思決定する際に効率よく「他人の受け売り」をすることが可能になります。いうなればみんなが「ボクは別にいいんだけど、YAZAWAがなんて言うかな？」を地でいくような人間になるというわけです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そういうものか、と思った他人の見解を、それを持つに至るプロセスを省略してさっさと自分のものにしてしまうという学習は、大変効率のいい方法です。また、効率がいいだけでなく楽でもあるので、そのために私たちは繰り返し投げつけられる意見なども同様にあまり考えることなく取り込みながら生きてしまう傾向があります。ガミガミ叱られながら育つ人は誰かをガミガミ叱りがちになり、みんなに蝶よ花よと大事にされてきた人は他人を疑うことを知らず騙されるわけです。自己の意見を確立して他人に流されないようにしなさいと注意する慣用的な言い方に「自分自身になりなさい」というものがありますが、個人的には可能ならビル・ゲイツになって彼の預金を共有できた方がいいですけれども、これは思った以上に難しいことだといえます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;思考の過程で他者を脳の中でモデル化してシミュレーションするというのは、いうなれば他人の意見や価値観、振る舞いをあたかも自分のものであるかのように内面化するプロセスともいえるでしょう。この内面化というやつは大変強力で、それこそ文字通りに「自分自身になった」つもりでいても、お釈迦様の掌で弄ばれる孫悟空のようにともすれば私たちは内面化した他人の影響下にいたままそれに気づかずに過ごしている可能性があります。ひょっとすると、多重人格や統合失調症のような様々な狂気は実はこのような他者の内面化の過程で何かおかしなことが脳の中で起きたために一人の人間としての統一性が保たれなくなっただけの現象であるのかもしれない、なんて想像もしてしまいます。もちろん、適当な空想ですが。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それに、こうして学んでいく過程を追いかけると、そもそも自分自身などというものが存在し得るのかという疑問にも行き当たります。少なくとも、それは他人の混合物であり、&lt;a href=&quot;https://twitter.com/tristantzarabot/status/1366079645309788160&quot;&gt;トリスタン・ツァラがいうように、言葉のブイヤベースなのかもしれません&lt;/a&gt;。まあそれでもいいかなとは思いますが、私たちの自由意志はどこまで自分自身のものといえるのか、少し不安になってきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;またふと思うのですが、私たちはひょっとしたら、この内面に巣食う他者というやつに、随分と長いこと付き合って慣れてしまったので、時々この連中を棚卸してあげないといけないのではないでしょうか。そこには、含蓄を含んだ重厚な経験の賜物だけではなく、慣れない子育てに悩み忙しくてうっかり子供を怒鳴りつけてしまった親の怒声であったり、冴えない己の人生を僻んだどこかの誰かの悪意に満ちた台詞が鳴り響いているかもしれません。ちょうど検索結果に情報弱者を騙して金を儲ける連中が忍び込ませる偽情報が溢れているように、そこには少なからずノイズが入っているとみて間違いありません。一般的に認知の歪みというのもこの辺りのタチの悪い連中が作用しているように思われて仕方がないのですが、これもまた詳しいことは専門外なのでわからず、何か関連する書籍があればじっくり読んでみたいものです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とはいえ、頭の中から都合の悪い他人を追い出すのは、決して容易なことではないでしょう。大人になるというのは、そろそろそんな雑多な経験に少し自身の色付けをして（したつもりがまた取り込んだ他人の声に影響されて失敗するかもしれませんけど）取捨選択をすることでもあるので、大勢の人たちが日々頑張って入るのですが、靴紐を引っ張っても空を飛べないように人は完全に客観的に己の内面を見ることなどできません（出来ると言ってる人は嘘つきです）。私たちは一人一人がそれぞれ大層貴重でかけがえのない存在ではあるのですが、オリジナリティという点においては残念なことに大した個性を持ってはいません。どうにかして単純な記号や言語のやり取りで自己表現しますが、用いられる手段はいずれも共有のものであって、多少その使い方に癖がある程度の違いしかありません。「自分らしくあれ」という言葉自体が使い古された他人のものであるわけですから、無理もないでしょう。人は生まれてからずっと言語や習慣、社会的な振る舞いなど様々なことを学び身につけていくわけですが、その大半が模倣により学習されたものであるように思われます。そして、内面化された他者の声というのは、この模倣という手段の、大きな副作用だからです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;じゃあどうすりゃいいんだよ、と読者の皆さんの叫び声が聞こえます。実際には叫んでいないけど、あなたは読者なので筆者である私には何も抵抗はできません。今や世界的に有名な捨て魔マリエ・コンドーならspark joyで決めるのでしょうが、そのspark joyが他人のspark joyかもしれないのですから大ピンチです。そこで、こんなアプローチはいかがでしょう。何が究極的に正しく、何が究極的に間違っているか、そんなことはどうでもいいではありませんか。きっとペンギンの雛をいたぶり殺すことは悪です。日の当たる縁側でお婆さんの食べようとしていた弁当を盗むのは悪いことです。逃れられない良識の牢獄の中で、牢獄の快適さを増すだけになるかもしれないと知りつつ、くだらない相対主義には負けないで、自分自身を愛し誰かと愛し合いそれを否定する他者の声を自身の中から追い出すだけで、まあ結構なことだと思いますよ。いつ完了するかはわかりませんしきっといつまでもしないのでしょうが、それを目標にもがき続けるのが、人生なのではないでしょうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ちなみに、合同会社合同屋は、以下の3つの目標を掲げています。&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;
  &lt;li&gt;平和に生きて&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;燃えるように愛して&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;電話の通話料を下げる&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;

&lt;p&gt;そのために何かをしようと思ったときに、自分の中でそれに反対する声、やる気をなくすような声を発している他者を見つけたら、テニスラケットで引っ叩いてやればいいと思います。全力で、優しく、丁寧に。時々、そいつが自分の顔をしていることがあるかもしれませんが、鏡なんて「汝自身を見誤れ」ですから、遠慮はいりません。とシンデレラも言ってました。&lt;/p&gt;</content><author><name>Godo GK</name></author><summary type="html">人間は考え事をするときに頭の中で複数の人の声で会話のようなことをしているという話を聞いた事があります。専門家ではないので詳しくご存知の方に教えていただきたいのですが、確かに経験的にもそれは正しいことのように思われます。先のリンクのスレッドからの引用ですが、人は考えるときに頭の中でこんなことをしているのだそうです。</summary><media:thumbnail xmlns:media="http://search.yahoo.com/mrss/" url="https://blog.godo.llc/assets/images/mirror.jpg" /><media:content medium="image" url="https://blog.godo.llc/assets/images/mirror.jpg" xmlns:media="http://search.yahoo.com/mrss/" /></entry><entry><title type="html">会社のロゴについて</title><link href="https://blog.godo.llc/2021/02/20/waiting-for-godot.html" rel="alternate" type="text/html" title="会社のロゴについて" /><published>2021-02-20T22:57:27+09:00</published><updated>2021-02-20T22:57:27+09:00</updated><id>https://blog.godo.llc/2021/02/20/waiting-for-godot</id><content type="html" xml:base="https://blog.godo.llc/2021/02/20/waiting-for-godot.html">&lt;p&gt;余計なことにお金を使うのは好きではないので&lt;a href=&quot;https://biz.moneyforward.com/establish&quot;&gt;マネーフォワードの会社設立支援サービス&lt;/a&gt;を見ながら&lt;a href=&quot;#prices&quot;&gt;6万円ちょっとで会社を立ち上げ&lt;/a&gt;ましたが、ロゴだけはそれと同じくらいの費用をかけました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;創業社長って会社の名前とかロゴとかにすごい熱量の感情を込める人が多いと思うんですけど、弊社の場合はなるべく目立たないようにひっそり生きていくという目的で創業した関係で、あんまりそういうことに手間暇をかけるつもりはありませんでした。そこで、クラウドソーシングのサービスを使ってロゴを発注することにしました。「Independent Tokyo based software company needs a logo design」と銘打って&lt;a href=&quot;https://www.designcrowd.com/&quot;&gt;DesignCrowd&lt;/a&gt;上でコンペを始めたのですが、デザインの要求仕様には「私たちはデザインにはうるさい会社ですが、ゴドーを待っている猫の姿なら高い評価をします」と書いておきました。なお、デザインにうるさい云々はただのハッタリです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;サミュエル・ベケットという作家には大変思い入れがあり、恥ばかり多いわが人生を振り返ると「&lt;a href=&quot;https://genius.com/Samuel-beckett-worstward-ho-annotated&quot;&gt;Worstward Ho&lt;/a&gt;（邦訳「&lt;a href=&quot;https://www.amazon.co.jp/%E3%81%84%E3%81%96%E6%9C%80%E6%82%AA%E3%81%AE%E6%96%B9%E3%81%B8-livre-luciole-34-%E3%82%B5%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%99%E3%82%B1%E3%83%83%E3%83%88/dp/4879954713&quot;&gt;いざ最悪の方へ&lt;/a&gt;」）」の有名な一節が大変強く心に響きます。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
  &lt;p&gt;All of old. Nothing else ever. Ever tried. Ever failed. No matter. Try again. Fail again. Fail better.&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;確かに、これまでの経験からすれば、この先もどっちみち失敗はするのですが、どうせそうなんだし、だからといってやりたいこともないわけじゃないからいちいち気にもしていられないし、かといって完璧になる日もこない。だったら上手に失敗するしかないですよね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;結果、120以上の応募があったのですが、4つをのぞいて全ての応募作品がゴドーを完全に無視した内容でした。デザイナーの間ではサミュエル・ベケットはあまり人気がないのかもしれません。また、残りの半数がゴドーをインドネシアの土着の神として扱っていたため、事実上2つの作品の一騎打ちになりました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;/assets/images/black_cat.png&quot; alt=&quot;黒猫版&quot; /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;採用されたのはまずはこちら。会社の名前と「ゴドーを待ちながら」に登場する特徴的な帽子、それを追いかける猫が描かれています。なかなか感じもいいしどこに出しても問題にはならない出来栄えです。主にウェブサイトや名刺に使うのはこちらのロゴにしました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これでもう十分といえば十分なのですが、この後に送られてきた作品に「これはちょっと大胆すぎるかもしれないのですが…」と作者自身がコメントしていたのを見た時、これを捨ててしまうのは到底無理だと判断してもう一つのロゴとして採用してしまいました。確かにとても大胆で、ちょっと誤解を生みかねない内容になっていますが、誰も会社のロゴは一つに限ると決めたわけではないし、捨てがたい何かを見出してしまったからです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;/assets/images/godollc.png&quot; width=&quot;300px&quot; alt=&quot;ロープと猫と帽子&quot; /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;樹木とロープ、帽子は「ゴドーを待ちながら」の重要なモチーフで、この演劇の記号的表現としてとてもわかりやすいものとなっています。樹木は舞台の数少ない背景であると同時に、誰なのかもわからないゴドーなる人物をただひたすら待っている他にはこれといってすることがないウラジミールとエストラゴンが、にっちもさっちもいかない現状にいっそこれで首でも吊ろうかと相談するも、そのあまりの頼りなさに躊躇するほど痩せた木で、死というとりあえずの解決さえも二人から奪い去り、二人のどうしようもない状況をさらに際立たせる装置でもあります。ロープはその場を通りがかってゴドーと間違えられたポッツォなる人物が犬のように引き連れているラッキーという名の男の首にかけてあった引綱です。そんなわけで、このロゴに描かれているのは、誰かが首を吊ったロープを猫が見上げているのではなく（ロープの一端は結ばれてさえもいない）、二幕ものの芝居である「ゴドーを待ちながら」の中でひたすらうだうだとしていただけのウラジミールやエストラゴン、ポッツォとラッキーも今や去り、舞台装置の小道具の他には猫がいるだけの、失われた「ゴドーを待ちながら」の第三幕なのです。猫はいちいちおのれの生に絶望したりしないので、首を吊るような真似はしないのはいうまでもありません。&lt;/p&gt;

&lt;hr /&gt;

&lt;p&gt;ここから先はただの埋め草なので読まなくても結構です。ロゴの製作費と会社の設立費用が大体同じくらいだったので、せっかくだからここに概要をメモしておきます。&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;

&lt;p&gt;&lt;a name=&quot;prices&quot;&gt;&lt;/a&gt;みなさんは会社の設立ってどれくらいの手間と費用がかかるかご存知ですか？いかにざっとリストアップしてみました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;まずはどの会社にも共通して必要なもの。&lt;/p&gt;

&lt;ol&gt;
  &lt;li&gt;資本金&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;登記書類の印紙代&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;定款の作成費用&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;印鑑&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;法人口座とクレジットカード（デビットカード）&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;会社の住所&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;電話番号&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;いろいろな書類の印刷費用&lt;/li&gt;
&lt;/ol&gt;

&lt;p&gt;弊社は合同会社なのですが、昔の言い方だと有限会社と同じようなものになります。資本金は制度上では1円からでも設立できます。それに法務局に提出する書類の印紙代が6万円必要で、電子定款なら印紙代が不要になり、頼めば行政書士さんが5,000円くらいで作ってくれます。その他&lt;a href=&quot;https://biz.moneyforward.com/establish&quot;&gt;登記に必要な書類はオンラインで揃えることができます&lt;/a&gt;。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;登記の手続きは結構ややこしいです。最低限必要な書類を揃えたら、まず最初に資本金を自分で自分の口座に振り込み、それを証明するためにオンラインバンキングのページなどを印刷します。今時は現金を扱えないATMもあるので窓口が開いている時間に銀行に行ったり対応するATMを探したりするのに時間がかかりました。あとは、法人として契約書類を作成するための印鑑を用意します。登記の際に印鑑登録も済ませておくと楽です。もちろんみなさんには必要十分な良心があるから象牙なんか選びませんよね？ちなみに定款と会社住所の変更はくそみたいに手間暇がかかるので、自宅を公の場に晒すのが嫌だなと思ったり後から事業内容を変更したくなる時に備えて十分に準備しておいた方がいいですよ。ここまで準備できたら、近くの法務局を調べて窓口にて手続きします。印紙類はそこで購入できます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そんなわけで、弊社の場合は印紙代と定款、印鑑の費用を合わせて66,666円で会社を設立させることができました。資本金はこのうちの666円です。電話番号は&lt;a href=&quot;https://www.twilio.com/ja/&quot;&gt;Twilio&lt;/a&gt;で番号を取得して携帯電話に転送するように設定しました。法務局で登記を済ませてもその場では登録は完了しませんが、期日を教えてもらえるので、完了したら後日また法務局を再訪して印鑑証明書や履歴事項全部証明書を発行します。一部400円弱ほどかかります。それを手にまずはお金のやり取りをするのに必要な法人用の銀行口座を用意して、各種支払いのためのクレジットカードも取得しましょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;次に、法的に必要というわけではないけれども実務上必要だったもの。&lt;/p&gt;

&lt;ol start=&quot;9&quot;&gt;
	&lt;li&gt;ロゴ&lt;/li&gt;
	&lt;li&gt;名刺&lt;/li&gt;
	&lt;li&gt;会社のドメインとウェブサイト&lt;/li&gt;
	&lt;li&gt;Microsoft 365アカウント&lt;/li&gt;
	&lt;li&gt;電子メールのサービス&lt;/li&gt;
	&lt;li&gt;ストレージのサービス&lt;/li&gt;
&lt;/ol&gt;

&lt;p&gt;11から下はみなさんそれぞれ好きに選択すればいいと思います。客先とのやり取りにどうしてもMS Officeは必要だったので12を入れましたが、メールやファイルサーバをご自身で運用されるケースもあるかもしれません。しかし本業でもない限りそれらの管理が重荷になると嫌だったので、結局G Suiteを契約しました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もしソフトウェア開発会社を立ち上げてiOS向けの製品を開発するなら、Appleの開発者アカウントを用意する際に&lt;a href=&quot;https://www.dnb.com/duns-number.html&quot;&gt;DUNSナンバー&lt;/a&gt;を取得して、それから自社ウェブサイトも準備しなければいけません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これであなたも四年間みっちりがむしゃらに働いても何も得られないかもしれない人生を手に入れることができます。実際に手続きされる際にはこれらはあくまで参考程度に、必ず専門家のアドバイスを受けるようにしましょう。受けなくてもできますが、お前のせいで失敗したと抗議されても同情もできないので、一応書いておきます。グッドラック。&lt;/p&gt;</content><author><name>Godo GK</name></author><summary type="html">余計なことにお金を使うのは好きではないのでマネーフォワードの会社設立支援サービスを見ながら6万円ちょっとで会社を立ち上げましたが、ロゴだけはそれと同じくらいの費用をかけました。</summary><media:thumbnail xmlns:media="http://search.yahoo.com/mrss/" url="https://blog.godo.llc/assets/images/sunset.jpg" /><media:content medium="image" url="https://blog.godo.llc/assets/images/sunset.jpg" xmlns:media="http://search.yahoo.com/mrss/" /></entry></feed>